おうちクエスト

おうちの暮らしを楽しく便利に!料理・家事・節約からエンタメ情報まで幅広く紹介します!

裏・鬼怒川温泉街めぐり - 廃墟になったホテルたち

お盆休みに家族と鬼怒川温泉に旅行に行ったのだが、個人的に是非見ておきたい場所があった。それは、廃墟になったホテル群。

2018年4月に公開されたドローンによる鬼怒川ホテル廃墟郡の映像が一部で話題となったが、自分の目でもしっかり確認しておきたかったのだ。家族に少し自由時間をもらって行ってきた。

youtu.be

 

 

廃墟を巡る前に、簡単に鬼怒川温泉の歴史について触れておきたい。

廃墟が生まれた知識があると街歩きが更に興味深くなる。

鉄道の発展と鬼怒川の関係について

古くからこの辺りは下野から会津若松をつなぐ会津西街道の宿場として栄えた。

鬼怒川温泉は1752年以前、川治温泉は1723年以前に発見され、温泉保養地として古い歴史がある。

温泉集落形成の契機は明治~大正にかけての鬼怒川水力発電所建設・鉱山開発がはじまりと言われている。

ダム完成後に廃止となるはずだった資材運搬用軌道が当時の村長 星 藤太の努力もあって下野軌道として存続。大正9年に下野軌道として藤原~今市間が開通。

昭和5年に鬼怒川温泉駅が完成し昭和18年に下野鉄道が東武鉄道と合併。昭和61年に会津鬼怒川線が開通し、浅草から鬼怒川経由で会津田島まで鉄道で結ばれた。

ダムの完成で鬼怒川の水位がさがることで新温泉が発見。両岸に温泉場としての形態が整えられていった。

鬼怒川温泉街の歴史を振り返る バブル繁栄とバブル崩壊

鬼怒川・川治温泉は昭和25年に国立公園に指定され、日光国立公園の中心にある温泉地として発展を遂げる。

1960年にロープウェイ開通、鬼怒川ライン下り開始。

東武電鉄も観光開発に力を入れて、鬼怒川は更に発展。1980〜90年代のバブル景気で旅館ホテルの大型化・新規立地が進み、1993年のピーク時には訪問客が年間340万人にも達した。

しかし、その後にバブルは弾けた。景気の低迷・団体旅行の衰退など旅行業界のトレンド変化などもあり、客足は減少。

資金面で支えてきた足利銀行の破たんなど、土地建物の価値も急落、立て直しが効かないホテルは歴史があっても廃業するケースが出てきた。

ざっと話すと以上になる。

鬼怒川マップ 独自調査

以下の画像は鬼怒川地域の地図である。私なりに○をつけたところについて簡単に触れる。

f:id:KazuoLv1:20180820225614g:plain

youtube動画にもあったホテル廃墟郡であるが、鬼怒川の東岸、鬼怒川公園駅の南側の121号線沿いに数件続く。鬼怒川の西岸には今でも豪華な内装で有名な「あさやホテル」がまぶしい。WEBサイトを見れば凄さを感じてもらえるだろう。

f:id:KazuoLv1:20190422223655j:plain

www.asaya-hotel.co.jp

 

「旧中心街」と書いてあるのは、かつてはここが町の中心街であっただろうと思われるエリアである。綺麗に整備されたくろがね橋から南北に伸びた本町商店街にそって旅館が並ぶ。だが飲食店などは少なく、今では鬼怒川温泉駅前の開けた雰囲気の方が現代の観光地としてマッチしているように思われた。(自分で歩いてみての感想です)

 

ここからは現地での写真を多めに使っての紹介となる。

 

いざ廃墟へ 鬼怒川公園駅スタート

廃墟群に行くには鬼怒川温泉から北へ1駅移動した「鬼怒川公園駅」で降りるのが一番早い。温泉駅~公園駅の途中、電車の車窓から廃墟郡が確認できるのでテンションがかなり上がる。

公園駅から温泉駅まで廃墟を見つつ徒歩で移動するルートがおすすめ。距離にして2.0km、時間は30分程度。ちょっとした散策レベルで街歩きには丁度良い。

 

鬼怒川公園駅で下車。線路の西側に入口が1つあるだけ。東口に出口は無い。

 

下の画像は鬼怒川公園駅前の121号線を北に見た風景。

歩道橋を右に行くと線路を越えて鬼怒川公園に行くことができる。

足を延ばして鬼怒川公園に行ってみた。立ち寄りできる露天風呂施設があったが、他に注目するべき点に乏しかった。

 

鬼怒川公園駅から121号線を南方向(鬼怒川温泉駅方面)に歩いていく。

下の画像は121号線と会津西街道が分岐する地点。

121号を更に南下していく。温泉街に似合う囲碁サロン跡があった。かつては賑わっていたのだろうか。

元湯  星のや

最初の廃墟に到着。元湯 星のや。創業大正14年と鬼怒川温泉でもかなり歴史あるホテルだったが2010年に廃業した。

廃業から現在まで10年近く経過しており、劣化が激しい。

 

星のやを通りすぎ、更に南へ進む。

すぐに廃墟だとわかる建物が現れた。

きぬ川本館

かっぱ風呂として愛された「きぬ川本館」。創業は1929年。バブル崩壊により、30億円の負債を抱え1999年6月に廃業した。

廃業から20年近くが経過。外観はかなり損傷している。

入口付近は柵がはられて近寄ることができない。

建物は荒廃していても権利者・所有者は存在します。

我々が勝手に立ち入り、事故など起こせば多くの人に迷惑をかけることになります。権利者が訴えれば不法侵入になる可能性もあります。

廃墟には勝手に侵入せず、外から目視できる範囲に留めておきましょう。

 

線路沿いも味があります。昭和30年の施工を示す社板。

鬼怒川観光第一ホテル

続いて鬼怒川観光第一ホテル。2008年11月閉館。こちらも廃業から10年が経過。

写真に移っていないが、入口横にある看板の「歓迎」の文字が悲しい。

鬼怒川観光第一ホテルを過ぎて更に南下。121号からくろがね橋に向かう変則的な交差点まで来た。

昔ながらの看板が本町商店街あたりが街の中心街であることを示している。

鬼怒川観光ホテル東館

更に南下すると鬼怒川観光ホテル東館に到着。

東館は廃墟状態だが、川向こうの本館は運営しているらしい。調べたところ、大江戸温泉物語グループになったようだ。

 

東武電鉄の車窓から廃墟群を見ることができる。

藤原町消防署

藤原町消防署に到着。

鬼怒川温泉街は日光市に合併される前は藤原町だった。2006年(平成18年)3月20日に日光市・今市市・足尾町・藤原町・栗山村の2市2町1村が合併し日光市となっている。

藤原町消防署もシャッターが閉まって看板が外されてしまっている。

調べたところ、消防署は2016年3月に鬼怒川温泉駅近くに移転済み。この旧庁舎は使われていないとのこと。

隣には元・藤原町役場。今では日光市藤原総合支所とのことだが、この支所も移転に寄り、現在では使われていないとのこと。

東京電力鬼怒川発電所 水路

役場から少し南に行った山沿いに、巨大なパイプ2本を発見。廃墟ではないが一見の価値あり。なんともロマンを感じる光景である。

 

このままパイプは下っていき、鬼怒川そばの発電所まで続いていく。どうやらこのパイプは東京電力鬼怒川発電所の水路のようで、下野鉄道の前身の資材運搬用軌道とも関連があるのかもしれない。

かつてはこの辺りに大滝駅があったらしい。

 

更に121号線を温泉駅に向かって歩く。元民宿らしき建物を発見。

 

このお食事処も営業していない様子。

 

鬼怒川温泉駅の近くまで戻ってきた。

ラーメン缶の自動販売機を発見。かつての秋葉原を連想させる。

鬼怒川温泉駅前 ミルクハウス

駅前(北側)ソープ跡地。こちらも営業していないようだ。

温泉地の夜遊びを支えてきたのだろうか。

 

駅前に到着して家族と合流。

1時間少しの自由時間だったが、かなり濃密な時間を過ごせて満足。栄枯衰退。諸行無常。

それにしても川沿いギリギリに建っている建造物を解体するのは、相当大変だろう。

 

本記事が鬼怒川観光を計画している人のお役に立てれば幸いです。

 

以上、裏・鬼怒川温泉街めぐり - 廃墟になったホテルたち...という話題でした。

ではまた (*´ω`)ノ

 

他にもおすすめの記事だよ!

星野リゾート「界 鬼怒川」に宿泊してきました!【鬼怒川温泉】

駅探バリューDaysで家族のレジャー費用が大幅に節約!最強の割引クーポンサービス - おうちクエスト